恵まれない状況を創る

「恵まれ過ぎることは恵まれないことよりも劣る」(野村克也)

この言葉について、スポーツジャーナリストの二宮清純氏が「野村語録のなかで白眉である」と賞賛していましたが、私も野村さんのこの言葉にはいたく感心しました。

野村さんは、55年前にテスト生として南海ホークス(今のソフトバンクホークス)に入団したのですが、契約金ゼロ・月給7000円という金額は当時でも極めて低く、食事をするにも財布を気にしなければならなかったと言います。

今のように練習環境が整っているわけでもないので、練習メニューは完全にレギュラー中心。
テスト生にいたってはロクに練習させてもらえず、キャンプでの打撃練習は一日たったの5スイング(!)までしか許されなかったそうです。

しかし、それだけに1打1打に真剣に取り組み、限られた練習時間の中で知恵を絞って工夫に工夫を重ねる習慣が自然に身についていったと野村さんは語っています。
常に知恵を絞って工夫に工夫を重ねる習慣を身につけたことが、入団以来55年間もプロの世界で生きていくことができた最大の要因だったと野村さんは述懐しています。

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企業の病巣

JR西日本のトップが事故調査委員会の委員に接触を図り、情報が漏洩していた事件が新聞紙面を賑わせています。

しかも、トップが調査委員会に不適切な働きかけをしていることは、少なくともJR社内の36人が知っていたという事実が、遺族や世論を一層怒らせてもいます。
もちろん、JR西日本トップや幹部連中の対応は厳しく責められてしかるべきものです。

考えてみれば、CSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス(法令順守)という言葉が定着するようになった21世紀に入ってからも、不二家や雪印乳業の食品偽装・三菱自動車のリコール隠し・カネボウの粉飾・・・と、企業の不祥事は一向に減る気配がありません。

そのたびにマスメディア(とメディアを見ている我々)は、倫理観の欠如した経営者を責め立てます。

不祥事が起きると、当該企業はそのたびにメディアに叩かれて業績にも多大の影響が及びます。
企業のトップに登りつめるほどの人たちに、不祥事というのは露呈すると(また、いつか必ず露呈します)多大な負の影響があることが理解できないはずがありません。
それでもなお、不祥事が後を絶たないのは、一体どうしてなのでしょうか。

そもそも、不祥事を犯した経営者を一方的に責める資格が、本当に我々にはあるのでしょうか。

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キャリアアップについて

10月1日には、多くの会社で内定式が実施されました。
学生達も社会への想いを新たにしたのではないでしょうか。

知人の大学教授によると、最近の学生はすごく真面目で良く勉強するそうです。
キャリアアップという言葉にも敏感で、資格取得や外国語の習得などに熱心に取り組む学生が少なくないと言います。

今「キャリアアップ」という言葉を使いましたが、私はこの言葉は極めて一面的な捉え方をされていると感じており、巷間言われている「キャリアアップ」という言葉の使われ方には少なからぬ疑問を持っています。

「自己の知識や技量を増やし能力を高めることで、自らをステップアップさせていくことがキャリアアップである」そう捉えている人が多いのではないかと思いますが、私は、そこで止まってしまってはいけないと思うのです。

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先達への想い

身体の内部情報を画像化するMRI(核磁気共鳴画像法)基本原理の発明によってノーベル生理・医学賞を受賞したアメリカのポール・ラウタウバー博士は、自らの発明を特許にすることを死ぬまで拒み続け、特許を取って対価を得ることを勧める人たちに対して「いかなる発明も過去からの学問的蓄積なくして生まれることはありません。学術的な研究成果というのは人類の成果であって、個人が儲けるべきものではないのです。」と答えていました。

ベストセラーを含めて数十冊の著作がある哲学者の内田樹氏は「自分の文章は誰でもコピペして構わない」と公言されています。
内田氏は「なぜなら、完璧に自分オリジナルの意見など存在しないと考えるからです。いかなる思想や意見も、数多くの著作や先達の思想を学ぶことによって醸成されるものであり、いわば『自分の言葉は他人の言葉』でもあるからです。」と述べておられます。

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「覚悟」の引継ぎ

民主党政権の誕生に伴い「核持ち込みに関する日米の密約を明らかにする」という話が出ています。

この密約(存在自体は、元駐日大使のライシャワー氏が20年以上前に認めていますから実際にあるのでしょう)は50年近くに渡って自民党政権で引き継がれてきたわけです。

メディアの報道では「密約」そのものが悪いように書かれているものがありますが、私は国家の外交において密約が悪いとは思っていません。

外交のやり取り全てを国民の前にさらすことができないということは大いにあり得るでしょうし、今回の密約が交わされた当時の国際情勢を鑑みて、それは高度な政治判断で行われたはずですし、結果的にそうした政治判断によって日本が(第二次大戦後、アジア各地で発生した戦争に巻き込まれることもなく)経済発展に邁進できたという側面もあると思うのです。

企業の経営においても、一部のメンバーにしか伝えることのできないような高度の政治判断を要することは決して少なくありません。

国家においても企業においても政治的判断を下す当事者は、考え抜いた末の決断をする訳で、おそらく「いざという場合」には責任をとる覚悟をした上で決断しているはずです。
高度に政治的判断というものは、古今東西「身を(場合によっては命をも)投げ出す覚悟のある者」だけが行うことができるものであることは論を俟たないでしょう。

ところが、そういう政治的判断を、自分の代を越えて引き継がねばならない場合に、往々にして人は無責任になってしまいます。

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交換する楽しさ

人類の祖先たちは、今から約5万年前に、ビジネスの起源とも言うべき行為を始めたと言われています。

「沈黙交易」と呼ばれるもので、言葉や慣習が違う集団同士が、双方の中間とおぼしき場所に、まず一方の人間が自らの部族で採れた(あるいは使っている)モノを置いて立ち去ります。
後日もう一方の人間がやってきて、別のモノを置いて、既に置かれてあったモノを持ち帰ります。

これが何度も何度も繰り返されるのですが、互いに言葉が分かりませんし、ほとんど顔を合わせることなく行われる交易であるがゆえに「沈黙交易」と呼ばれているのです。

よく、歴史や社会の教科書では「海の民は海産物を、山の民は森の恵みを交換して互いに役立つようにした・・・のが交易の原点」などと書かれていますが、後にはそういう交易も生まれたようですが、考古学的な知見によれば、どうやら最初はそうではなかったようです。

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高度情報化

かなり以前から「高度情報化」という言葉が跋扈するようになっています。
アマゾンで「高度情報化」という言葉を入れると、一番古い書籍は1983年の出版ですから、ネット登場のはるか以前から「高度情報化」という認識があったわけです。

実はこの言葉は、使っている本人が誤解して発言しているケースが極めて多いんですよね。

「高度情報化社会」とは、情報化が進んだ社会のことではなく、情報化のプロセスが人目に触れなくなる社会のことですが、そういう意味で使っている人は極めて少数派です。

このことを、哲学者の内田樹氏が分かりやすい比喩で説明しています。

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終戦の日を前に

独立して最初に事務所を構えたのが靖国神社から徒歩5分とかからない場所だったこともあって、同神社には幾度となく訪れました。

初めて訪れた際に驚いたのが、靖国神社の創建が明治2年と新しいことです。
(無知をさらけ出すようで恥ずかしいのですが、実はもっと古いと思っていました)

戊辰戦争の後に「朝廷・天皇・政府側の立場で命を捧げた英霊を祀る」ことを目的に建立された靖国神社では、維新の立役者ではあっても西南戦争で反政府側として死んだ西郷隆盛などは祀られていません。

初めての訪問で「意外なほど新しい神社である」ことを知った時に、子供の頃に聞いた古老の話を思い出しました。

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知識の隙間

アメリカの行動経済学者でジョージ・ローウェンスタインという人がおもしろい実験をしています。

無作為に選んだ一般人に全米50州の州都を答えさせ、その後の反応を見る実験なのですが、20から25州の州都を知っている人は自分の知識を得意がるのに対して、45~48州の州都を知っている人は、自分の知識は足りないと思うのです。

ローウェンスタインは「好奇心や探究心が生じるのは、自分の知識に隙間を感じた時である」と述べています。

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官僚批判の愚

選挙の夏が始まりました。
民主党の大勝が既定事実のように言われていますが、民主党の政策やその実行可能性を細かく吟味することもなく、世の中の「空気」がそういう方向に流れてしまっているというのは危うい印象を持つのですが、山本七平氏が「空気の研究」で書いているように、一旦ある方向への「空気」が国民の間に形成されると、戦争遂行といった国家の運命を左右することでもさほど議論されることなく進んでいってしまうものなのです。

ここまで民主党への流れ=「空気」が形作られたのは、民主党の努力というよりも自民党の自壊と言ってもいいと思います。

わが国では立法権と行政権が完全に分かれている訳ではなく、国民から多数党に選ばれた与党の代表が政府を作り官僚を使いこなしていく議院内閣制というシステムを採用しています。

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真理はバリエーションの中に

私がいつも疑問に思うことの一つに「勝ち組と負け組」とか「成果主義はYESかNOか」といった二項対立の分類法があります。

新聞や雑誌・テレビなどのメディアにとっては「民営化賛成か反対か」「自民か民主か」等々、二項対立の議論にしてしまった方が分かりやすいのかも知れませんが、世の中の物事というのは、分かりやすく解決しようとすればするほど本質的な問題が置き去りにされてしまうように思うのです。

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おとぼけアリの重要性

アリの行列を見たことがありますよね。
小学生の頃、夏になるとアリの行列見たさに庭に菓子を放置し、一匹のアリがそれを見つけてから大行列ができるまでを飽きることなく見ていたことがありました。

池谷裕二氏の「単純な脳、複雑な『私』」という本に興味深い話が載っています。

アリはエサを見つけるとフェロモンを出し、エサの一部を口にくわえて巣に帰るのですが、帰る道筋にフェロモンが落ちていきます。
フェロモンは揮発性かつ誘引性があり、このフェロモンに導かれて、巣にいる他のアリたちが次々とエサのところに行くことで行列ができるのです。

基本的にアリはフェロモンに従って整然と行動する規律を持っているのですが、集団の中にはたまにとぼけたアリがいて、フェロモンとは全然違う方向にふらふらと歩いていってしまいます。
どの巣にもこんなとぼけたアリがいるのですが、進化の過程でなぜそんな非効率とも思えるアリが残ってしまったのかと言えば、そこには大きな理由があるのです。

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他者がいるから自分がある

11歳頃までフランスの森の中に一人で暮らしていたとされるアヴェロンの野生児やインドで狼に育てられていたとされるアマラとカマラ姉妹など、古くから野生児に関する記述が各国に残っています。

野生児の多くは、人間社会に連れ戻されてからも「人間らしさ」をほとんど取り戻すことができなかったことが記録に残っています。

これには「精神的な病気であった子供が親から捨てられたので、野生にいたから人間性を失くした訳ではないのでは」という説もあるものの、最新の脳科学を研究している池谷裕二氏は「そもそもヒトは、一匹だと人間になれない。ヒトが人間になるためには他者との関係が必要である。」と述べており、幼少期であっても人間社会から隔離されて育つことが、いわゆる「人間性」を獲得する上で大きな支障になるのではないかと考察しています。

これと関連するのですが、過去の記憶についても興味深い話があります。

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加害者になり得るかも知れないという視点

食品偽装や脱税・談合・・・企業の不祥事が取りざたされるたびに「経営者の倫理観が欠如している」という報道がなされ、当該経営者は徹底的に叩かれています。

メディアも、そこで論評している識者達も(そして我々も)、不祥事を起こした経営者に非難を注いでいる時は被害者と同じ視点に立っており、その視点から離れることができません。

しかし、どこかで何かがほんの少し違っていただけで、わずかの思い込みで、あるいはやむにやまれず・・・自分だって似たような状況にいたら加害者の立場になっていた可能性はないのだろうか。 そういう視点を我々は決定的に欠落させています。

そもそも、不祥事を犯した経営者を「倫理観の欠如」という言葉で総括してしまってもいいものなのでしょうか。

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モデルは正義ではない

デービッド・ハルバースタムが書いた「ベスト&ブライテスト」というノンフィクションがあります。

ケネディ政権の国家安全保障担当スタッフは頭脳・識見共に最高の人材(ベスト&ブライテスト)を集めたと言われ、それを引き継いだジョンソン政権でも政策決定の中枢を占めました。
しかし、史上最高のスタッフと言われたそのエリート達によって、アメリカはベトナム戦争という泥沼の愚行に引きずり込まれていくことになります。
そのプロセスを描いた迫真のドキュメンタリーが、上記の書です。

経済の世界では、10年ほど前に、FRB副議長経験者やノーベル賞学者などを揃え「ドリームチーム」とまで言われたLTCMが破綻しましたし、昨年には、ハーバードやMITのMBAなどを含む優秀な人材を揃えていたリーマンの破綻がありました。

世界最高クラスのベスト&ブライテスト達が、時に世界を巻き込むほどの大きな失態をしてしまう・・・それは一体なぜなのでしょうか。

いろんな要因があるとは思いますが、私は「成功モデルを『正義』と捉えてしまった」ことが大きな原因の一つではないかと考えています。

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道徳について

先日、インフルエンザ発生で政府が対策会議を開いている最中に、官房副長官という要職にありながら愛人と熱海旅行に行き、その旅費には国会議員の公用に与えられるJR無料パスを使用していた鴻池祥肇という国会議員がいました。

彼は病気を理由に副長官を辞任しましたが、政治家というのはおもしろいし分かりやすいですね。
だって、本当に病気の時は徹底して病気であることを隠そうとするのに、都合が悪くなると、すぐに入院してしまうのですから・・・

さらにこの議員は、道徳教育に熱心だったことで有名だったというのですからあきれます。

このブログでも何度か書いているように、私は国会議員や中央政府の役人が教育に介入すべきではないと思っているのですが、ましてや道徳教育なんてもっての外でしょう。

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弱い敵との共存

掲示板などネット上の発言スペースでは「匿名」という事情も手伝ってか、驚くほど過激な発言が飛び交っていることがあります。
韓国では、ネットでの誹謗中傷の嵐に耐えかねた有名女優が自殺して、社会問題にまでなりました。

現代は、メディアなどを通じて大勢の人々が特定の意見に煽られやすく、いったん火がつき煽られた意見は、物事の本質やその後の影響などを誰もが深く考察することもなく、特定の方向に一斉に向かってしまうことがあります。

郵政民営化選挙での自民党への地滑り的投票もそうだったし、事件などが報道されると、法的には何も決まっていない段階で、特定の人物に対して異常とも思えるバッシングが起きることがあるなど、一斉に動き出した時の大衆(及び大衆を利用する人物)の影響力は恐るべきものがあります。

誰かがある意見を述べ、それを「正義」だと言い張って大勢の共鳴者を集めることができれば、それが集団としての決定事項になってしまうのです。

オルテガ・イ・ガセーというスペインの哲学者は、今から80年近く前に出版された「大衆の反逆」という著書の冒頭で「大衆が完全な社会権力の座に登った」と述べました。

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小沢さんの辞任会見

小沢さんの辞任会見とそれに続く麻生首相のインタビューをテレビで見ました。

小沢さんの会見は「言い訳と、格好をつけることに終始した」ように私は感じましたし、野党トップとして国民に向けて説明したというより、身内を強く意識した発言であったようにも感じられました。

その直後、麻生首相がインタビューに応じて「なぜ、この時期なのか、どういう理由なのか私には分かりませんねえ。国民の皆さんも同じ思いではないですかねえ」と首を捻りながら答えていたのですが、理由なんてよ~く知っているのに、国民に媚を売るために敢えてそう言っているような白々しさを感じさせ、背筋を何か冷たいもので撫でられたような嫌な気持ちになりました。

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就活と婚活は消費者的態度からの脱却こそ

物心ついた頃から、テレビや新聞・雑誌などを通して「これでもか」と言うくらい商品広告を浴び続けてきた我々は、あまりにも日常的にどっぷりと商品広告に漬かってきたせいで、生き方まで消費者的な構えになってしまったのではないでしょうか。

高校教師をしている友人が新しい生徒を迎えるたびに嘆くのは、教科書にないことを教えようとすると「それを覚えたら何か得になるの?」とか「それって受験に役立つの?」と生徒たちが聞いてくることです。

自分が知らなかったことを会得する喜びや新しい知識を得ることで外の世界へとつながっていく喜び・・・そういう学問本来の喜びにではなく「勉強すれば何かと交換可能で、それが得になるかどうか」に関心がある。まさに消費者的態度で学問を捉えようとする子供を友人は嘆いているのですが、思い返せば私自身も「勉強したらいい学校に入れる」とか「いい学校に入ったら***できる」と言った「交換のフレーズ」をいつも周囲から聞かされてきたように思います。

既に私の親の代から、消費者的態度が植え付けられていたのですね。

社会人になっても消費者的態度は強まるばかりです。

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新しい仕事の芽

4月は、新しい仕事の準備に追われつつ楽しく過ごした1ヶ月でした。

新しい仕事というのは、元々当社が取り扱っている商品のメーカーに当社メンバーが直撃取材して、カタログなどに記載されていないような情報を聞き出してブログにまとめていたのですが、それが意外に好評で月間2万人の読者を数えるまでになったことから、ブログからWEBマガジンに昇格させて、より多くの商品を取り上げていこうということになったのです。

イーデザインリストというWEBマガジンで、スタートしたばかりなので、まだまだこれからではありますが、社内の自主的活動から新しい芽が生まれてくるのは素直に嬉しいですね。

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見えているか

外食する楽しみというのは、単においしい店ではなくて「いい店」と出会えることが一番だと思っています。

「いい店っておいしい店じゃないのか・・・」
確かに食事がおいしいこともいい店の条件ですが、それだけではありません。
「いい店」とは「おもてなしの心」が店全体に行き渡っていることが必須条件なのです。

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上司は何を教えるべきか

新入社員も会社に少しずつ慣れてくる時期になりました。

内定取り消しや入社後に自宅待機をさせる会社があるなどの厳しい世相を反映してか、「今年の新人は真面目で新入社員教育にも熱心に取り組んでいる」という経営者の声をよく聞きます。

新人を配属された上司の多くは「知識や経験を伝達してやろう」と意気込んでいるのではないでしょうか。

ところで、師という立場につくことになった上司にとって必要不可欠なことは、知識や経験の豊富さではないと私は思っています。

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人としてのプロ

1989年のビロード革命によって誕生した新生チェコの初代大統領として1993年から2003年までトップの座にあったヴァーツラフ・ハベル氏は、冷戦時代には人権擁護や民主化を要求して幾度となく逮捕・投獄された経験を持っています。

文学や芸術にも造詣が深く人格者でもあるハベル氏は、会った人誰もがその魅力を語るような指導者でもありました。

そのハベル氏が、大統領職を辞した後に(確かCNNとのインタビューだったと思いますが)自戒を込めたこんなメッセージを残しています。

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福翁の至言

巷に、オーラルコミュニケーションを教える英会話学校は至るところにありますが、英語(フランス語でも中国語でも)の原書を読むための学校はほとんど存在しません。

なぜ外国語(それもオーラル)にこだわるのかと聞けば「英語を話せるようになれば良い仕事につける」とか「報酬が上がる」といった実利目的を答える人が極めて多いように思います。

まあ「キャッチャーインザライや白鯨を原書で読みたいから」などという理由で英語を学ぼうとする人など、ほとんどいないであろうことは私にも想像できます。

もちろん「**するために」勉強することが悪いわけではありません。

しかし、あまりにも実利目的での勉強を意識し過ぎると、逆に本人の「真の利益」にはならないのではないかという気がするのです。

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アンフェアなWBCに思う

普段野球にそれほど興味を持っていない人も、WBCでは日本の活躍が気になりますよね。
WBCのあり方に極めて批判的な私も、いざ大会が始まると日本チームの結果が気になり、優勝には感動しました。

私がWBCに批判的な理由・・・それはフェアという言葉を大切にするはずの米国による大会運営が極めてアンフェアだからです。

そもそも米国メジャーリーグによって提唱された世界大会の開催に対して、日本や韓国は当初反対していましたが結局は押し切られてしまいました。

私は、あの時日本と韓国が結束して知恵を絞っていたら、日本(韓国)のプロ野球をもっと発展させることも不可能ではなかったと思うのですが、残念ながらWBCという大会方式を認知することによって機を逸してしまったのではないかと思えてならないのです。

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外部性に追いやるな

渡辺京二氏の「逝きし世の面影」は、江戸時代末期から明治初期に日本を訪れた外国人によって書かれた旅行記や報告書など膨大な文献を詳細に分析し、1999年に和辻哲郎文学賞を受賞した名著です。

「日本は貧しく遅れた国であり、封建制の下で庶民の暮らしぶりは悲惨である」という先入観を持ってやってきた多くの欧米人が、実際に見た日本の庶民が(他のアジア諸国はもとより、自国の庶民と比べても)活き活きと幸福そうに生活し、礼節や衛生面でも(庶民レベルでは)欧米をも凌いでいることに驚嘆します。

素朴な暮らしぶりではあるが農村でも衣食は充実し、当時の多くの国と違って乞食もほとんどおらず、平和で穏やかな庶民の暮らしぶりに感動すら覚えます。

彼らの多くは日本の近代化を促進するために訪日したのですが、少なからぬ人が「日本を開国させて欧米化させるのは正しいことなのだろうか」という感想を抱きます。

明治以降、日本は近代化を図り欧米諸国に近づく努力を重ねます。
それは多くの成果を挙げますが、そのことによって一方で日本は大切なものを失ってきたのではないか・・・「逝きし世の面影」は渡辺京二氏による問題提起の書でもあります。

最近、ジャンルの全く異なる二冊の本を相次いで読んだところ、いずれの書にも「逝きし世の面影」が取り上げられていて驚きました。

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「ひらめく」チカラ

ポストイットと言えば、誰もが一度は使ったことがありますよね。
私も毎日使っています。

このポストイットが、実は失敗から生まれた大ヒット商品であることは有名な話です。

「強力な接着剤を開発せよ」と命じられていた米国スリーエム社の研究員が、ある試作品をテストしたところ、よくつくけれどすぐに剥がれてしまうという何とも奇妙なモノが出来上がってしまいます。

もちろん当初の開発目標に対しては完全な失敗作です。

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トレードオフの関係

「レインマン」という映画で、ダスティン・ホフマンは自閉症だが驚異的な記憶力を持つ男性=レイモンドを演じました。

床に落ちて大量に散らばったマッチを一目見て本数を正確に言い当てたり、分厚い電話帳を全て記憶してしまうなどの場面を覚えている人もいるでしょう。

こういう能力のことをサヴァン能力と言います。

一度見ただけの風景を後から完璧に描くことのできる人がテレビで紹介されていたことがありますが、これもサヴァン能力です。

イギリスのニコラス・ハンフリーという学者が、サヴァン能力に関連して興味深い仮説を唱えています。

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「納棺夫日記」を読んで

映画「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を受賞しました。

この映画の原作「納棺夫日記」は、経営していた飲食店の倒産を機に葬儀会社に入社して「死者を扱う仕事」に携わることになった青木新門さんが、自らの日記を基に書き起こした本です。

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比較するのが習い性

ヒラリー・クリントン国務長官の来日に際して街中でインタビューされた人が「日本にもあんな女性政治家が出てきてほしい」という趣旨の発言をしていました。

そう言えばアメリカ大統領選の直後は、どこへ行ってもオバマ大統領の話題で持ちきりでした。

興味深かったのが、大半の人が「アメリカはあんな指導者を出せるのに、それに比べて日本は・・・」とか「オバマさんの演説に比べて、日本の政治家の演説は麻生さんも小沢さんも全然ダメだよな」という「あちらはあんなにすごいのに、それに引き換え日本は・・・」という文脈で語っていたことでした。

哲学者の内田樹氏が「日本人は『それに引き換え』というかたちでしか自己定義をできない国民である」と述べておられました。

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悲しい日

以前、あるIT企業から営業を受けたことがあります。
当日朝に、営業担当者から「社長が御社の近くに用事があるとのことで、御社に同行すると言っております」との電話があり、社長と担当者の二人で訪問してきました。

「近くに用事があるとは言え、社長も来られるとは熱心だな」と好感を抱いた私でしたが、現れた社長は、何と酒の匂いをぷんぷんさせており、酔いのせいなのか話が始まるや自分がいかに優れているのかを、ひたすら自慢するのです。

横にいた営業担当者の困り果てた顔が今でも目に焼きついています。

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影響の連鎖

私が尊敬する哲学者の内田樹氏は数多くの著作を出されていますが「自分の文章は著作権フリー、誰でも自由に引用して構わない」と公言されています。

その理由を、内田氏は大きく二つ挙げておられます。

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スポーツとマスメディア

少し古い話で恐縮ですが、北京オリンピックのテレビ視聴率ではNHKが民放を圧倒したと伝えられていました。

その理由として、タレントに騒がれるよりもスポーツをじっくりと観たいという人が多かったという解説がなされていましたが、私自身、当該スポーツに関係のないタレントが出てくるスポーツ番組は観る気がしなくなる一人です。

そもそも私は、メディアがスポーツを積極的に主催・後援するのは、そろそろやめた方がいいと思っています。

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不透明な時代に必要なこと

最近、歴史に興味を持つ若い女性(歴女と言うようです)が増えているそうで、歴史書や家紋グッズなどを専門に扱う店がブームになっているようです。

歴史を好きになる動機が何であれ、女性雑誌で「女性のキャリアアップには**が必要」などといった一方的な価値観に踊らされるよりは、はるかに良いことだと思います。

最近、脳科学者の茂木健一郎氏がこんなことを述べていました。

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簡単な説明に流されるな

19世紀のフランスで最大のベストセラーとなった本は、1886年にエドゥアール・ドリュモンというジャーナリストが書いた「ユダヤ化するフランス」という著作です。

この本の主張は「政治家や役人の堕落」「宗教意識の希薄化」「家族の崩壊」「若者の暴走」などフランスが抱える問題は全てユダヤ人による世界支配の陰謀のせいだというもので、およそジャーナリストが書いたとは思えないほど稚拙な内容でしたが、当時は圧倒的な支持を受けました。

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創めることを忘れなければ

新年なのに、新聞などを見ていると何かと後ろ向きな話題が多いので、少し勇気が出る話をしたいと思います。

タイのチェンマイ在住の音楽家に瀬田敦子さんという方がおられます。
瀬田さんは音大を卒業した後に結婚し、主婦&母親業をしながら大阪の高校で音楽教師をしていたのですが、40歳になった時に「生徒達に音楽コンクールの実態を教えるために、自ら応募してみよう」と思い立ちます。

そして、イタリアのマスタープレイヤーズ国際音楽コンクールに挑戦するのですが、コンクール出場者の大半は10代・20代で、もちろん瀬田さんが圧倒的に最年長。

一次予選・二次予選を何とか通過して、さて最終結果は・・・

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消費者意識とビジネスマインド

少し前に「我々はあまりにも消費者としての構えが過ぎるのではないか」ということを書きました。

「これを勉強したら何の役に立つの」と聞く子供、「やった仕事に見合ったやりがいや報酬がなくてはやってられない」という大人・・・小さい頃から消費者であることに慣れてしまったせいか、インプットとアウトプットがすぐにつながっていないと満足できない人たちが増えすぎてしまったような気がします。

しかし、これほど消費者意識の構えを取る人が多くなった一方で、長期的なビジネスマインドを持つことの重要性に気づく人が意外なほど少ないように思うのです。

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3つの仕事

アメリカで仕事をしていた時、「ジョブディスクリプション」という言葉を頻繁に耳にしました。
「その仕事は自分のジョブディスクリプションにはない」という使い方をする人が多く、その心は「その仕事は私の仕事ではない(やっても評価につながらない)からやらない」と言っているわけです。

アメリカの自動車ビッグスリーが危機状態にありますが、ビッグスリーの労働者たちは賃金が作業ごとに30段階ほどに分けられていて、互いの職分を犯すことは規定外行動としてマイナス評価にしかならないので、自分のジョブディスクリプションにあることしかやらないそうで、それが工場を硬直的にさせ、全体での作業改善などを阻んできた大きな理由の一つだと言われています。

仕事には「私の仕事」と「あなたの仕事」以外に、もう一つ重要な「仕事」があります。

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Too much な消費者的構え

最近の学校の先生は、生徒よりも親に泣かされると言います。
モンスターペアレントなる言葉がありますが、「義務教育だから給食代を払わない」などと平気でいう主張してくる親がいくらでもいるのだそうです。

多分ほとんどの人が誤解していると思いますが、義務教育の「義務」というのは、親に対して課せられた義務なのです。

日本国憲法26条には次のように明記されています。

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神を信じるならば

先日のNHKニュースによると、ケンタッキー州に「天地創造博物館」というのがオープンして話題になっているそうです。

「聖書に書かれていることは全て正しく、進化論などは間違っている」という主張の下に、神が世界を創造したという歴史観に基づく展示を行っており、アメリカ国内でも賛否両論が噴出しているようです。

私自身は宗教一般に対する興味はあっても特定の宗派に属している訳ではなく、どちらかと言えば無宗教だと言ってもいいでしょう。

そんな私が宗教に対して不思議に思っていることがあります。

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