他者がいるから自分がある
11歳頃までフランスの森の中に一人で暮らしていたとされるアヴェロンの野生児やインドで狼に育てられていたとされるアマラとカマラ姉妹など、古くから野生児に関する記述が各国に残っています。
野生児の多くは、人間社会に連れ戻されてからも「人間らしさ」をほとんど取り戻すことができなかったことが記録に残っています。
これには「精神的な病気であった子供が親から捨てられたので、野生にいたから人間性を失くした訳ではないのでは」という説もあるものの、最新の脳科学を研究している池谷裕二氏は「そもそもヒトは、一匹だと人間になれない。ヒトが人間になるためには他者との関係が必要である。」と述べており、幼少期であっても人間社会から隔離されて育つことが、いわゆる「人間性」を獲得する上で大きな支障になるのではないかと考察しています。
これと関連するのですが、過去の記憶についても興味深い話があります。
大半の人は3歳以前の記憶を思い出すことができないと言われています。
実際、私自身が思い出せる人生最初の記憶も、4歳になる少し前頃に近所の友達と遊んでいる場面です。
現在分かっている学術的知見によれば、大半の人に3歳以前の記憶がないのは、3歳頃までは「自分」というものが確立されていないからだそうです。
記憶が脳に定着するためには、「自分と何か」「自分と他者」のように自分との関係性を理解していることが重要であると言われており、「自分」を意識できるようになるまでの記憶がないのは当然なのですが、そもそもヒトは「自分」という存在を最初に認識するわけではありません。
実は、赤ちゃんは「他者」の存在を最初に認識するのです。
目を開けるとそこにはお母さんやお父さん・兄弟姉妹や祖父母・・・周囲には様々な「他者」がいるということを認識し、その上で「他者ではない自分」という存在を意識するようになるのだそうです。
他者の存在を明確に認識し、その上で「他者ではない自分」をはっきりと意識できるようになるのが3歳頃なのです。
確かに、冷静に考えてみれば「最初に他者ありき」は当然ですね。
さらに、その後の人生において他者との関係性が複雑になることで、ヒトは社会性を備えた人間へと成長していくのだと言われています。
ヒトが人間となるためには他者が必要だし、他者との関わりを通じて「自分」が形成されていくのです。
「ヒトは、一匹だと人間になれない。ヒトが人間になるためには他者との関係が必要である」と言われる所以です。
今の「自分」があるのは生まれてからこれまでに出会った数多くの「他者」のおかげだし、「他者との相対的な関係性」によって「自分」が成長し形成されてきたというわけで、そう思うと、周囲に対して自然と謙虚になりますよね。
私たちはついつい「私がやった」「私があのように考えたからこうなった」というように、現在の成功(?)はひとえに自分の力であるというような発言をすることがありますが、その「私」が現在の私になれたのは、人生において「私」が出会った多くの人たちとの関係性によって「私」が鍛えられ磨かれてきたからなのです。
そして、明日の「私」は、これまでに会った人たちに加えて、今現在周囲にいる人々、これから出会う人々によって創られていく訳です。
宗教や道徳論などで「周囲の人たちに感謝しなさい」という文脈が語られることがありますが、実は「ヒトは他者がいないと人間になれないし、自分という存在は他者との関係性の結果である」という科学的知見を知らされると、精神論を言われなくても「周囲に対して謙虚な気持ちにならなければ」という思いが自然に出てきますね。


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